2021年03月26日

訃報

突然の訃報のニュースが飛び込んだ。
古賀稔彦死去。

えっ!マジ!?
言葉出ない。

よしみの記者からの電話に出て質問されても、余りにも急な事に彼との思い出、何を言ったらいいのか整理付かない。心ここにあらずな状況で受け答えした。

時系列で追うと。
先月の3日に風の便りで稔彦が大変な事になってる!と聞いて、居ても立っても居られず、久しぶりに彼と連絡を取り合った。今となっては、これが彼との最後の会話となったが、その時はこれが彼との最後の会話になるとは思いもしなかった。

稔彦とは久々と言う事もあったが、単刀直入に、風の噂でお前が大変な事になってる!と聞いたもんで、居ても立っても居られなくて連絡したんだよ!本当のとこ、どうなの?

と言うと、
心配してくれてありがとう。
でも、俺は全然平気だし、直也が心配してる様なことはないよ。明日どうのこうのじゃないから心配に及ばないよ笑
ただ、今は1日のサイクルで薬の投与をするんだけど。投与後は身体がボーッとするから横になって休んでいる。何回か電話もらって出れなくてごめんね。電話が出来る時間が限られちゃうからごめん。

最初は彼の今回の病気に関しての一連の経過説明があった。

昨年に検査で癌が見つかり、その時、ちょうどコロナの緊急事態宣言もあったので、生徒、関係者に心配を掛けたくないから、古賀塾をコロナを理由にして無期限閉鎖にしたんだよ。
5月に摘出手術を行い手術成功。日常生活を取り戻す位に回復した。運動や酒が飲めるまで回復したので術後に受けなければならない抗がん剤の投与をしなかったら、それが甘かった。癌を甘く見てた。暫くしてお腹の辺りがチクチクしてきた。癌がお腹に転移していた。油断したよ。今度は手術せずに抗がん剤治療にした。

自分の身体に合う、その癌に効く抗がん剤をドクターが捜しながら治療を行う。何かピンポイントに当たればいいかな。
週3回、3箇所の病院に通院して、ウチ一回は泊まりがけで、腹水が溜まるので抜きに行っている。
一回の抜く量は6〜7リットル、多い時は11リットルくらい。
その抜いた水の栄養素だけを取り除いて再度、身体に戻す治療してるんだよ。と、説明してくれた。

その治療で大丈夫なのか?手術しなくていいのか?と、心配したら、これは最先端の医療方法だから直也が心配してるような事にはならないから安心してくれよ!と、言われた。

ただ、その方法は自由診療だから、毎回毎回やたら金がかかるから大変。ドンドン掛かるから嫌になるよ!笑笑

俺は、
金は死んでも持って行けないから自分の為に惜しみなく使えよ!無くなったり、必要なら言ってくれ!笑笑
と、笑談した。

そのあとは道場経営でのこと、古賀塾のスタッフ、コーチの就職先が決まってホッとしている。この治療でいつ治るか不明な状態のまま置いておくのは可愛そうだからね。

こんな状態でも自分の身体の事よりコーチの事を心配している。お前は凄いよ!こっちが泣けるよ。
とにかく、顔見にお見舞いに行きたいけど、何処にいるんだ?伊豆の別荘で療養していると聞いているけど。
俺も茅ヶ崎だから近いよ!直ぐに駆けつけれるよ!

今は通院しないとならないからウチにいる。

伊豆の別荘購入の経緯、南伊豆の地が気に入ったこと、その別荘が崖っぷちに建ってて、海が一望出来る素晴らしいロケーションで、それがとても気に入ってることなど話してくれた。

ただ、今は直也に見せれる身体じゃないからもうちょっと待ってね。

えっ?何キロなの?現在の体重は68kg。現役時代に戻ったよ!

嘘つけ!俺はお前が現役の時は78kgだったの知っているからね笑笑
じゃあ、治ったらその伊豆の別荘に招待してくれよ!
そこで快気祝いやろうよ!

彼から
いいよ!やろう!やろう!
と約束をして電話を切った。
約30分くらい会話した。

その約束は果たせなかった。無念。
また、見せれる身体じゃないと言われた時はビンと来なかったが、今思えば、稔彦は俺の前では弱いところを見せたくなかったのかも、強い稔彦でいたかったんだと思った泣
俺も勘が鈍いのか、こんな状態になっているにも関わらず、長い時間、元気に楽しく話してくれた事に心を痛めている。
でも、今でも信じられない。元気な声が今でも聞こえる。
報道でしか見てないから。実際にこの目で確認しに行く。
繰り返すが、信じられないしか思えない。

ご冥福を心よりお祈りいたします。
posted by オーちゃん at 07:09| 日記